「親友以上」

「起立、礼」
ホームルームを済ませ、何事もない一日が終わりを迎える。担任のいなくなった教室には、帰り支度をする者、掃除をはじめる者、それぞれの自由な時間が訪れる。
特に用事のない私は、教科書やプリントを適当に鞄に詰め、帰り支度を終え教室を出ようとした。その時だった。
「香里」
不意に後ろから肩をたたかれ少し驚きながら振り返ると、そこには見慣れた友人の姿があった。
「いきなり後ろから襲うなんて、感心できないわね」
「襲うとは失礼だな。何度も呼びかけたのに気付かなかっただろお前」
どうやらまた周りのことを気にしてなかったらしい。最近の私はこんな感じばかりのことばかりだ。なんとなく集中力ないというか、感覚が鈍いというか、不意に周りの物事から私が遠ざかってしまったような感覚になるのだ。
「そう・・・・・・だったの。ごめんね相沢君。
ところで、呼び止めたのはなんだったの?」
「ああ、名雪がお前のこと探しててな。ここに戻ってくるだろうから待ってろって、言おうと思って」
「わかったわ。何の用事かわからないけどとりあえず待ってる」
「そうしてやってくれ。あいつのことだそのうち戻ってくる。多分な」
「いいわよ、特に予定もないし」
とは言ったものの、あの名雪のことだきっとすぐには来ない。だから退屈しのぎが欲しかった。
「それじゃぁ名雪が来るまで相沢君に付き合ってもらおうかな」
「すまん。それだけはできん。どうしてもはずせない用があるんだ」
最初からあまり期待してなかったんだけど、このまま逃げらるのもつまらないからちょっと意地悪してみた。
「外せないって、栞のことでしょ。
待ち合わせの時間はいいの?」
「なんだ知ってたのか?」
「当たり前よ。毎朝嬉しそうにその日の予定を話してくれるんだから。知りたくなくても知ってしまうわ。
今朝だって、浮かれすぎててみてられなかったもの。デートできる身分の皆さんがうらやましいわ」
「デートって、ちょっと商店街に出掛けるだけなんだけどな」
なんだか恥ずかしそうにしてるから、さらに追い討ちをかけてみる。
「そういうのを世間一般ではデートっていうの。結構鈍いのね相沢君」
「鈍いって・・・・・・
そんなこというやつは嫌いだ。もういい先に行くからな」

こんな時の対応が二人いっしょになってきた。何で付き合うとこんなにも似るのだろう。不思議に思う。
それだけお互いの中にお互いの占める割合が大きいのかしら。
そう思ったらなんだか不安になる。
今まで私が栞の中で一番の存在だとずっと思ってた。実際そうだったと思う。
だけど、今ではすっかり彼がその位置に居座ってしまっている。
すごく不安になる。私は栞の中で何番目なんだろう。
・・・・・・やめよう。考え出すときりがない。

「香里、ねぇ香里っ」
また不意に呼びかけられる。さっきからこんなやり取りばっかりだ。
「ごめん名雪。それにしてもどこ行ってたの?」
「ちょっと先生に呼ばれてね、この前のレポートが良かったよって、誉められちゃったの」
「レポートってこの前の?」
確か、自分の好きなものを人に知らせようという趣旨のやつだ。名雪のことだから話題は一つしかありえない。
「そう、すごく熱意の伝わってくるいいレポートだって大絶賛だったんだよ。だから、来週の授業でみんなに発表して欲しいって」
それはそうだろう。彼女の猫に対する愛情のすごさは彼女のことをよく知らない人間にも有名だ。
「毎朝通学路で野良猫追っかけまわしてる成果が出たわね」
「追っかけまわしてなんかないよぉ。ただ触らせて欲しいなぁって近寄るだけだもん」
それが追っかけまわしているように見えるのだから、彼女の熱の入りようはよっぽどのものだ。
「それで相沢君に引きずられてきて、遅刻するのね」
そうだ。皮肉なことに名雪は生まれもっての猫アレルギーなのだ。それでもこの子は猫を愛そうとする。くしゃみが止まらなくても、涙が止まらなくても、鼻水が止まらなくて顔がくしゃくしゃになっても、名雪はまさに猫まっしぐら。それを相沢君が止めて引きずっていくのが最近通学路の名物な光景になっている。
「祐一ったら酷いんだよぉ。ちょっとだけってお願いしてるのに、問答無用!とかいって猫さん追い払っちゃうの」
「そうしないと名雪が学校行けないからじゃない。相沢君がいなかったらそれこそ通学路中の猫撫でて歩くでしょ」
「そんなことないよぉ」
この名雪の真っ直ぐさが羨ましくなる時がある。自分がどうなろうとも撫でたい、かわいがりたいっていうのが感じられるから。ただ単に何にも考えてないだけかもしれないけれど。
「まぁおのろけはそれくらいにしておいて、用事は何なの名雪」
「なんとなく香里と出掛けたいなぁって思ったの。これから百花屋さんでも行かない?」
魅力的な提案。だけど気になることがあった。
「今日は駄目。商店街には近寄れないの私」
「どうして?」
名雪が不思議そうな顔をして訊ねてくる。
「どうしても」
理由は言うまでもない。あの二人だ。最近、二人は商店街に行くと必ず百花屋に行く。
「じゃぁ公園にでも行こうか」
名雪にしてはやけにあっさりしている。いつもなぁここで「いちご、いちご」と食い下がってくるんだけど。
「いいわ。たまには噴水でのんびりって言うのもいいわね」
特に断る理由のないので受け入れた。今日はあの二人と会わないところならどこでもいい。
「それじゃぁ行こう。香里」
すっかり誰もいなくなった教室を私は名雪と一緒にでた。

「ねぇ、香里。最近なんか悩みでもあるの?」
閑散とした公園の噴水の縁で、途中で買ってきたお菓子やジュースを楽しみながら話すこと暫らく。名雪は突然まじめな顔をして私にこう言った。
「悩みなんてないわよ。どうしてそんなこと訊くの?」
「最近香里なんだかおかしいよぉ。
なんだかぼぉーっとしてる時間が多いし。今日だって心ここに非ずって感じのときが何度もあったもん。
祐一も、話してたら突然黙り込んでなんか顔色が悪そうだった、って心配してたんだよぉ」
今まで気付かなかったが私、重症らしい。
「悩み事があるなら話して欲しいな。私じゃ頼りにならないかな?」
「そんなことないわ名雪。そうじゃなくて、自分で解決しなきゃいけないんじゃないのかな、って思ったの」
そこまで言って気付いた。悩みがあるってしっかり言ってるじゃない私。
「やっぱり悩んでることがあるんだね。私には話せないことなの?」
悲しそうな顔で私を見つめてくる名雪。私は答えに窮した。
「私は香里のこと親友だと思ってるよ。
だから心配なの。栞ちゃんが元気になってから今度は香里の方が元気なくなっちゃったような気がして、今度は香里が栞ちゃんみたいに病気になっちゃうんじゃないかって、
そんなこと・・・あるわけないのに・・・すごく・・・不安になるの」
そうまくし立てながら名雪は私に抱きついてきた。最後のほうは少し涙声になっていた。
自然と私の手が名雪の髪を掬っていた。
名雪がこんなに私のことを思ってくれてるなんて思わなかった。
「ごめんね、香里。なんだか取り乱しちゃって。私もなんだか不安なの。
栞ちゃんが戻ってきてからね、なんだか祐一が遠くにいちゃったような感じがしてすごく不安になるの。
祐一はちゃんとうちにいて、私とお母さんと一緒に暮らしてるのに、なんだかそこにいないような気がしてくるときがあるの。
どうしてかぁなって考えたらね、気付いたの。祐一の心の中には栞ちゃんって言う大きな存在があるんだなぁって。
そうしたらなんだか祐一が全然違う人に見えてきてね。ついこの前戻ってきた時のあの祐一はどこにいっちゃったんだろうって思ったらなんだか不安になるんだよ。だって私の知ってる祐一がどんどんいなくなっていちゃうんだもん」
私に抱きついたままの名雪が言う。私はとてもすまない気持ちになってきた。
「ごめんね、名雪。
どうして気付かなかったんだろう・・・・・・こんなに近くに私のことを思ってくれていて、同じ悩みや痛みを抱えてる人がいるんだってことを」
そうだ。栞が憧れの高校生をやり直し始めたあの日以来、そう、相沢君と栞が改めて付き合うんだって言い出したあの日以来、私も栞に対して同じことを考えていたんだ。
「私もね、栞に対してそう思ってたのよ。
あの日からどんどん栞が遠くなっていくような気がして、不安だったの。
でも、私だけじゃなかったんだよね名雪」
そう、私達二人同じ悩みを抱えていたんだ。
「うん・・・そうだね。
でも良かった。香里がちゃんと話してくれて。今の香里、なんだかすっきりしたような顔してる」
「名雪こそ、目赤いわよ」
「香里も人のこと言えないよ。目、真っ赤」
まだ抱きついたままの名雪。よく考えたらなんだか恥ずかしくなってきた。
「ね、名雪。そろそろ離れて。なんだか恥ずかしいわ」
「だぁめ。
私は今嬉しいんだもん。だって、香里がちゃんとはなしてくれったってことは、香里は私のこと親友だと思ってる証拠だし、頼ってくれてるってことでしょ。
それに、今はここに香里がいるんだってことをちゃんと感じておきたいの。
それにね・・・・・・」
名雪がなぜかためらいがちになる。
「それに?」
「香里とは親友以上にもなれるような気がするんだよっ!」
そういって名雪は私に一層抱きついてくる。
今まで親友だと思っていたけど、こんなに相手を思ってくれる人をそんな簡単な一言で片付けられそうもない。
一体、親友以上ってなんていうんだろう?
同じ痛みを抱える者として、同じような立場に置かれた者として、今まで以上に名雪の存在が私の中で大きくなってゆくような感じがした。
このちょっとおっとりしてて、のんびり屋さんの名雪のことがもっと好きになったような気がした春の昼下がりだった。


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