「真夏の少女たち」

――どんなのがいいのかしら?
デパートの水着売り場。私は色とりどりの水着を前にして私は閉口していた。
――そういえば前に海に出掛けたのって、いつだったのかしら? 小学生の頃?それとももっと前?
選択肢のあまりの多さに呆然とし、ついとりとめもないことを考えてしまう。
――よく考えたら、友人と海に行ったこと自体ありませんね。
そうだ、海に誘ってくれるような友人なんていなかった。
――だから・・・初めてなのですね。誰かと海に行くなんて。
どうすればいいのかしら?

自問自答している間にも周りでは数組の女の子たちが、ああでもないこうでもないと言い合って、カラフルな水着を手にしては去ってゆく。

そもそもこんなに悩むに至った発端は何気ない出来事だった。それは週末の昼下がり。

「美汐!」
聴き慣れた元気な声にあわせ、鮮やかな金色の髪を揺らしながら一人の少女が近づいてくる。
「相沢さんをお迎えですか? 暑かったでしょう真琴」
息を切らせながら駆け寄ってくる真琴の額には大粒の汗。どれほど待っているかは分からないけど、帽子もかぶらずに待っているにはちょっと強すぎる日差しだった。
「あうぅ暑いよぉ〜、秋子さんから帽子をもらえばよかったぁ。失敗したよぉ。こうなったら祐一になんか冷たいものでも奢ってもらわないとね。美汐も一緒に行こう」
これだけ暑いとこんな誘いもよく聞こえてしまうもの。
「そうですね。百花屋にでも連れてってもらいましょう」と、つい返事してしまった。
「勝手に人におごってもらうつもりでいるのは、甘くないか」
「あっ、祐一!グットタイミングだよ。百花屋いこう!」
真琴は相沢さんの腕に巻きつきながら商店街のほうへ引っぱっていく。
「暑苦しいから放せ!百花屋には行くから」
「ええ!いいの?なんだか祐一らしくないけど」
不思議そうな顔をして真琴が聞き返す。
「連れて行くのはお前じゃなくて天野だしな」
「そうだ!美汐に伝えたいことがあるから学校まで来たんだっけ。忘れてた
とにかく行こう美汐」
返事もしないうちに真琴に手を引かれ、私は百花屋へと行くことになった。

3人で訪れた百花屋は一時の涼を求める人で混んでいた。
そんななか、ちょうど良く3人座れるテーブルに案内してもらい。銘々に好きなものを注文落ち着いたところだった。
「美汐、海に行こう!」
真琴が唐突に言い出す。
「おい、それじゃ何がなんだか天野はわからんだろ」
相沢さんは困り顔だ。
「次の日曜日さ、みんなで海に行こうと思ってな。そしたら天野も誘いたいって、真琴が言い出してな」
「そうなの、そうなの。
真琴も海って行ったことないからよくわかんないけど、どうせ行くならみんなで行ったほうがきっと楽しいでしょ」
こういう風にして海に誘われたのことのない私は、ちょっと胸がドキドキした・・・・・・
「いいですね。私もご一緒させていただいていいんですか?」
「ああ、もちろんだ」
「当たり前でしょう。
じゃぁ祐一に海の家でたっぷりおごってもらおうね。美汐」
「なんで海に行ったことないやつが海の家なんて知ってるんだ?」
「この前漫画で読んだもんねぇーだ!
ねぇ、美汐。すっごく水っぽいカレーとか、具の入ってない焼きそばとか売ってるんだって」
なんだか、そんな話を聴いていると私まで楽しくなってしまう。
「よくそう聞きますね。でも、真琴ならそうじゃないお店をきっと見つけられますよ」
「本当?じゃぁ見つけたら美汐も一緒に行こうね!」
「ええ、もちろん。相沢さんにおごってもらいましょうね、真琴」
「おいおい天野までそんなこというのか。勘弁してくれよ」

こんな経緯を経て私は海に行くことになって、こうして水着売り場に佇んでいる。

いけない・・・こんな回想を繰り広げている場合じゃありませんね。早く選ばないと。
いっそのこと授業で使っているものでも構わないのかもしれません。
でもこれだけ色とりどりの水着があるってことは、誰も海で紺色の水着なんて着ているはずもありませんね。
変に目立ってしまっては相沢さんや美汐に迷惑をかけるかもしれませんし・・・・・・
悩めば悩むほどわからなくなってきますね。

「わぁ!美汐も来てたんだ」
「真琴、それに相沢さん。お2人も水着を探しに?」
「ああ、俺のはもう買ったんだけどな。
こいつがもっと色々な店を回りたいって言い出して、あちこち品定めして回ってるんだ」
そういっている側で真琴は沢山の水着を前にはしゃぎまわっていた。
「ねぇ祐一、ここならいっぱいあるから見つかるかもしれない!」
「そうかよかったな。んじゃ、気に入ったのが見つかったら呼んでくれ。そこら辺にいるから」
「わかった!ちょっと待っててね」
祐一さんはもう疲れ顔。どうやらあちこちで同じことを繰り返しているみたいです。
「大変ですね」
「ああ、もう何回あの台詞を聞いたことか
水着を持って来る度「それでいいんじゃないか」って言ってやるんだけど、どうも気に入らないらしい」
「女の子ってそう言うものですよ、相沢さん。時に好きな人の前では」
「そう言うもんなのかなぁ。せめてどうしてそれが駄目なのか位教えて欲しいもんだ
さっきから、「どうして気に入らないんだ」って聞くと、「なんとなく」としか言わないもんな」
「たぶん、真琴は待ってるんですよ」
恋する女の子の気持ちは微妙です。だけどそれを教えてしまっては勿体無いので、はっきりとは言わないことにします。
「??? 待ってるって、何をだ?」
「それは内緒です。ご自分で考えてください」
「天野は厳しいなぁ」
ちょうど良く真琴がこちらにやってくるのが見えます。手には一着の水着。
「ねぇ祐一、これなんかどう?」
「ああいいんじゃないか、いいと思うぞ」
「そうかなぁ、うーんどうしようかなぁー」
真琴は不満そう。どうやらこうやって同じことを何度か繰り返しているみたいです。
「ところで天野も水着探しに来たんじゃないのか?」
「そうでした。忘れてましたね。私もどんなものを着たらよいのかよくわからなくて困ってたんです
相沢さんなら、私にどんなのが似合うと思いますか?」
「そうだな、天野が着たいと思ったやつを着ればいいんじゃないのかな?結局着るのは本人だし」
相沢さんは返答に困りながらもこう答えてくれました。
「それを真琴にも言ってあげてください。きっと待ってますよ」
「そういうもんなのか」
「意外と単純なものですよ。特に真琴は真っすぐですから」
再び真琴が水着を手に戻って来ました。
「今度のはどう?祐一」
「ああ、いいんじゃないか。真琴が着たいのを着るのが一番だぞ
それに・・・まぁ・・・その・・・なんだ・・・似合ってるぞ、それ」
相沢さんも意外に恥ずかしがり屋のようです。こういったらもう顔が真っ赤です。
そして対照的に真琴はとても嬉しそう。
「うん。これにする!今着てくるね!」
「お、おいちょっと待て。今着なくてもいいだろ」
「そうはいかないの、早く見てもらわないとね」
ちょっとはしゃぎすぎているくらいです。でもちょっと羨ましいです。

女の子って時には意外と単純なようです。
好きな人に「着たいのを着ればいいんだよ」って言ってもらって、それが「似合ってるよ」って言ってもらえればそれだけでもう満足なんです。
だって私でさえ相沢さんのその一言で、なんだか安心できるんですから。

・・・・・・忘れてました。
早く私も選ばないといけませんね、水着。


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