「おてんこ娘初音島へ」第1話 「夕暮れ時の電話」
このお話は、端から見ればただのある1人の女性の旅行記に過ぎないのだろうが、その女性が女性だけに、こうしてひとつの物語として体を成してしまうほどの出来事を内包するに至ってしまったのだ。
まぁ、それだけその女性(もちろん白河さやか先輩のことだ)は、トラブルメーカーであるということだ。
本人はそれに気付いてないし、言ったところで気にするような人ではないので、誰もその事実を彼女に伝えようとはしないけどね。
そんなわけでこの物語の第1の語り手に指名された僕こと上代蒼司は、もう春がすぐそこまでやってきているある日の夕暮れからこの物語をはじめたいとおもう。

第1話「夕暮れ時の電話」

――ジリリリリン、ジリリリリン
そろそろ夕食の準備でもしようかという頃、滅多に鳴ることのない電話のベルが狭い我家に鳴り響いた。
「兄様、手が離せないので出てもらえますか?」
妹の萌が奥から声をかけてくる。勉強でもしているのだろう。
それにしても誰だろう?
とりあえず電話に出ることにする。
「はい、上代です」
「あっ、蒼司君!良かったぁ〜蒼司君だよぉ」
聴きなれた声。さやか先輩だ
「先輩?どうしたんですか?」
「もうお夕飯の準備はじめちゃってる?」
この人は物事を話す順序ってものが分かってない。いつでもこうやって唐突に話し出す。
「いえ、これからしようと思ってたところですけど。それが何か?」
「よかったぁ〜
じゃぁ今から萌ちゃん連れてうちまで来てくれるかな?」
「ご用件はなんでしょう?」
「来てくれるかな?」
はっきり言って、僕の妹である上代萌と、同じく彼女である白河さやか先輩とは犬猿の仲ある。
先輩は萌と自分がどんな状態だか知っていてそんなこと言ってるのだろうか?
「とりあえず萌に代わります」
「ちょっ、ちょっと待って!それだけは勘弁してぇ〜」
大抵の相手には動じない無敵の先輩だが、萌だけは上手くあしらえなくて困っているらしい。
「僕から言っても聞きませんからね。先輩直々に説得してください
萌!電話だよ」
「誰からです?」
「残念だかそれは言えない。兎に角代わって話を聞いてくれ」
奥から不審そうな顔をして萌が出てくる。
「一体誰なんですの、兄様?」
「まぁ、出ればわかるって」
そういいながら受話器を手渡し、僕はそそくさと出かける準備をし始めた。

――後ろで聞こえる怒鳴り声やら叫び声は敢えて聞こえないことにしよう。

きっかり5分後。
「兄様、もう一度代わって欲しいって言ってますけど」
息を荒くして萌が戻ってくる。
「有り難う。萌」
受話器を受け取った途端鳴き声が聞こえてくる。
「蒼司く〜ん。相変わらず萌ちゃんにどんな教育してるのぉ。酷い目にあったよぉ、よよよぉ〜」
「特にこれといったことはしてないのですけど・・・・・・」
どうやら先輩は、こっぴどくやられたらしい。
「それで、話は済んだんですか?」
「うん、何とかねぇ。もう途中から何話してたのかわからないよぉ〜
なんだか呼んで良かったのか良くないのかこれじゃわからない!」
「今なら行くなと言う事も出来ますけど、どうしますか、先輩?」
我が妹ながらここまで先輩を追い詰めるとは、やはり危険だな。
「蒼司君。申し訳ないけど、もうそれは無理だね。萌ちゃん燃えちゃってるから」
「何の冗談ですか?」
「それが冗談じゃないんだよねぇ〜」
後ろから肩を叩かれる。
「兄様、出掛けますよ。電話では決着着きそうもありませんからね」
異様なオーラをまとった萌がそこにいた。確かに燃えてるらしい。
「じゃ、先輩今行きますね」
「うん待ってるから。頑張ってね♪」
受話器を下ろすと萌が後ろに構えていた。既に着替えが済んでいる。いつ着替えたんだ?
「兎に角急ぎますよ、兄様」
そういって僕の腕を掴み取って進みだす。
「あ、ああ。わかったからそう急ぐなって。
ところで何を先輩に言われたんだ?」
「そんな暢気なこと言ってられません!早く行って話をしないと。
それと、話って言うのは兄様のことです。兄様のことでどうしても私に話したいことあるといって聞かないので行くことにしました」
僕のことについて萌に話さなきゃいけないこと?一体何を話すつもりなんだ先輩?全く見当もつかないぞ。
だんだんと怖くなってきたのだが、僕の腕を掴む萌の力が緩むことはなさそうだ。

僕は、半ば萌に引きずられながら、先輩の家へと向かうことになった。
・・・・・・これから始まる話がどんなものであるかも全く知らず。


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