「おてんこ娘初音島へ」第3話 「桜の樹の下で」
初音島に着いた翌日。私白河さやかは蒼司君と一緒に叔父さんと叔母さんの住む家に向かった。
そこでお父さんがなくなったことと、家の借用書が見つかったこととかを一通り話したのだけど、思ったよりも用事は簡単に済んでしまった。
お葬式をちゃんとしましょうとか、良ければこっちで一緒に暮らさないかと勧められたのだけど、結局みんな断わった。
立派なお葬式をしたってあの人が喜ぶわけでもないし、私には蒼司君という優秀なボディーガードがいるから別に一人暮らしでも大丈夫だしね。
家のことも、別にいつまでいても構わないということなので、ありがたくご好意に甘えることにした。
まぁ、こんな簡単に話が済んだのも、隣に据わって要所要所でフォローを入れてくれる蒼司君のお陰だったんだけどね。
そんなわけで、当初の目的を果たしてしまった私達は、萌ちゃんやみっちゃんには悪いとは思いつつ、二人のんびり初音島で春休みを過ごすことにした。

「丘に上る階段って何処にあるんだろう?この地図じゃ細かすぎて分からないよぉ。
まっ、そのうち蒼司君が探しに来てくれるでしょ。それまでちょっとお散歩でも」
私は公園の中で迷っていた。この島に来てから私はずっとこんな感じで迷い続けている。私の地図には基本的に目的地と出発点の間の道は一本しか描かれていない。それでも常盤村では十分だったんだけど、ここではそうもいかないみたい。まるでアミダ籤のように道が通っていて、あちらこちらと歩き回るのは楽しいのだけど、すぐに迷ってしまう。
それでも無事でいられるのは、歩き疲れて途方に暮れそうになる頃にはちゃんと見つけ出してくれる蒼司君がいるからだ。なんだかこの島に着てから蒼司君にお世話になりっぱなしだね。
そんなことを考えながらも、私はふらふらと公園の中を歩いていく。なんだか不思議な気配が公園の奥からするのだ。初音島に足を踏み入れて以来、ずっと感じてきた、そこに誰かがいるような、不思議な気配の源がそこにあるような気がして、誰もいる筈もない公園の奥へと進んでいった。

「うわぁ〜大きな桜の木」
思わず呟いてしまうほど大きく、そして異様な存在感を示す1本の桜の樹。
「この木が枯れない桜の親玉さんなんだね」
やはりこの島のいたるところで感じられるあの不思議な気配はこの樹から出されているもののようだ。吹き抜けてゆく風。大量に花びらを枝から持ってゆくのだけれど、それでも花びらは枝をしならせる程咲き誇っている。
そして文字通りの桜吹雪の中、風に乗って聞こえてくる歌声。どうやら樹の向こう側に誰かいるみたいだ。
その歌声があまりに綺麗なものだから、ついふらふらとそっちのほうへ引き寄せられる。
そこには目を閉じ一心に歌う1人の女の子。よっぽど歌に集中しているのか、目の前にいる私のことに全く気付かない。とりあえず邪魔しないように静かに聴かせてもらうことにした。

やがて曲が終わる。オペラか何かの曲なのだろう、ずいぶんと長い曲だったような気がする。そして女の子が歌っている間ずっと閉じていた目をそっと目を開いた。
「あっ、あの・・・・・・どれ位前からそこにいらっしゃったんですか?」
目を開いた一瞬、女の子はびっくりとしたような表情を浮かべ、照れくさそうにそう訊ねて来る。本当に私に気付いていなかったようだ。
「う〜ん。今歌ってた曲が始まった頃からかな」
「ってことは、10分以上ここにいらしたってことですね。私歌いはじめると周りが見えなくなっちゃうんで・・・・・・」
聴き入ってしまっていたので気付かなかったけど、そんなに長い曲だったんだ。
「それにしても歌、上手だね。思わず聴き入っちゃったよぉ、いいもの聴かせてもらっちゃった」
「そっ、そんなことないです。今のも練習中の曲ですし・・・・・・」
ぱっと見は大人びた感じなんだけど、指先を口元に当ててそう言う仕草がすっごく可愛い。ちょっとこの子とお話してみたくなった。
「ところで、今歌ってた歌はどんな歌なの?私日本語以外はさっぱりで・・・」
そう訊ねると、女の子は突然顔を真っ赤にし出した。
「あっ、あの・・・・・・いまの曲はぁ・・・・・・そのぉ・・・・・・」
「もしかして、恋の歌?」
「えっ、えっとぉ・・・・・・まぁ・・・・・・」
「そうなんだ、気になる人がいるんだね」
女の子は真っ赤な顔をしてうつむいてしまう。よっぽど恥ずかしいらしい。
「まぁ、ここは通りすがりのお姉さんに一切まとめて話してごらんなさい。あなたお名前は?」
「・・・・・・ことりです」
「ことりちゃんかぁ、可愛い名前だね
ところでその気になる人は、年上?それとも年下?」
「同い年です」
「同い年かぁ〜羨ましいなぁ。私なんて年下だから色々と気苦労が多くて・・・・・・って、そんな話は後でもいいよね。
それだったら話は早いじゃない、どーんと告白しちゃわないと」
「ど、どーんとですか?」
「そう、どーんとね。今のその暖かい想いが冷めちゃわないうちにそのままぶつけてあげないと」
「やっぱり、一歩前に出ることって大切なのかな・・・・・・でも・・・・・・」
口元に指先を当てたまま思案しっぱなしことりちゃん。どうやら問題は別なところにあるみたい。
「もしかして、強力なライバルとか?」
「えっ、なんでわかるんですか?」
「今、その気になる男の子以外のこと考えてたでしょ。」
「あっ、はい。朝倉君、ってその気になってる男の子には音夢さんっていう義理の妹さんがいて・・・・・・」
「その子が目下、強敵と・・・・・」
「あの、あとさくらちゃんっていう幼馴染の子がいて・・・・・・」
そう言ってことりちゃんはため息をつく。
「あははーっ、なんだか漫画みたいな品揃えだね・・・」
「そうなんです。だから、思い切って告白しても、あの二人には敵わないような気がして・・・・・・・」
「どうして敵わないと思うの?」
「音夢さんは、朝倉君と一緒に暮らしてきて、やっぱり二人一緒にいるのが自然な感じなんです。さくらちゃんだって私よりずっと長い時間を朝倉君と過ごしてきたみたいだし・・・・・・・なんだかその間に入っていくのはすごく難しいような気がして・・・・・・」
「過ごしてきた時間の違いが引け目になる・・・か。でもその朝倉君のことは好きなんでしょ。どうして好きなのかなぁ?」
「どういえばいいのかなぁ、その・・・・・・一目見て優しい人なんだなぁって思えて、一緒にいて心地いいっていうか、私を私としてちゃんと見てくれているっていうところなのかなぁ・・・・・・・」
ちょっとお惚気に聴こえなくもないけどまぁいっか。
「それだけ理由があればいいんじゃないのかな。
私は過ごしてきた時間なんて関係ないと思うよ、要はどれだけその人のことを想っているかが問題なんだし。想うことと時間はあんまり関係ないし。
だから、あとはその二人をびしぃっと黙らせるような、インパクトのあることをしちゃえばいいんだよ」
「インパクトのあることを・・・・・・ですか?」
「そう、やっぱりそれだけのライバルなんだから、もうぐうの音も出ないくらいその人への想いをどーんと、ぶつけちゃうんだよぉ」
なんだか最初のアドバイスに戻っちゃった気もするけど、まぁいいか。
「そうですよね、確かにあの二人は強敵かもしれないけど、想いの強さでは負けてられませんね」
さっきまで俯いたままだったのに、やっと顔を上げてくれた。しかもその目にはなんだか元気が出てきたみたい。
「そうそう、その意気。さっきの歌聴かせてあげるんでしょ。がんばっ!」
「ありがとうございます、なんだか自信出てきちゃいました」
これなら大丈夫だよね。大分話し込んじゃったことだし、そろそろ私も蒼司君探しに行かなくちゃ。
そう思った途端向こうから駆け寄って来る人影。
「先輩、こんなところにいたんですか」
「あっ、蒼司君。みぃ〜つけた」
「見つけたのは僕です。ところで隣の子は?」
「この子はことりちゃん、ちょっとお話してたの」
「そうなんですか、すみません先輩の相手をしてもらっちゃって。お陰で助かりました」
「いえ、そんなことありません。なんだか相談にも乗ってもらっちゃいましたし」
「蒼司君、どういうことよそれ」
「先輩1人だとすぐどこかに行ってしまうでしょう。一ヶ所に止まってることなんて珍しいじゃないですか」
呆れ顔でそう言う蒼司君。何も見知らぬ人の前でまでそんなこと言うことないじゃない。
「まぁ確かに・・・・・・ってそんなことどうでもいいの
じゃぁ、ことりちゃん。お迎えも来たことだし私は行くね。ちゃお♪」
「先輩、行きますよ」
そう言ってすたすたと先に行ってしまう蒼司君。私はその後を追いかける。
「あっ、あのお姉さん名前は?」
「わたしの名前は白河さやかお姉さんだよ。
あっ、蒼司君待って〜」

「白河・・・・・・さやかさんか。あはは、まさかそんなわけないよねぇ」
それにしても蒼司君って呼ばれてた人、格好良かったなぁ。なんだか二人一緒にいることがすごく自然で・・・・・・私も朝倉君とああなれたらいいな・・・・・・・


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