「おてんこ娘初音島へ」第2話 「家族会議」
「さぁ、行きますわよ兄様」
「お、おいちょっと落ち着けよ。なにそんなに意気込んだ?」
結局、腕をしっかりと握り締めたまま萌は僕をここまで引っ張ってきた。
幸い途中で誰かに会うようなことはなかったが、恐らく会っても僕の手を引いている人間が上代萌だとは誰も気付かなかっただろう。それほど萌は燃えていたといって過言ではない。まるで別人だ。
「兎に角入ります。
白河先輩、おじゃまします」
そう言って、そっと扉を押した瞬間に声色や口調が変わるあたり、さすがとしか言いようがない。
「あっ、萌!蒼司先輩は?」
「美絵!何であなたここにいるの?」
なぜかダイニングで夕食のセッティングをしていたのは美絵ちゃん。確かに夏以来、美絵ちゃんは僕に絵を習いたいといってここに来ることは多い。大抵途中で脱線してさやか先輩と遊んでるんだけどね。
しかしそれは僕が画廊に来ている時だけなので、僕が画廊に寄らなかった今日、美絵ちゃんがここにいるというのはめずらしいことだ。
「さやかに呼び出されたのよぉ〜
なんか重大発表があるって言うから、急いで来たのに、来た途端「丁度良かった手伝って」だもん」
文句を言いつつも美絵ちゃんは料理の盛られた皿や採り皿をテキパキと並べていく。
「何かすることありますか、先輩?」
僕はキッチンのほうに向かって声をかけてみた。
「あっ、蒼司君グットダイミング!いま出来上がるから座ってて!
みっちゃんラストぉ!取りにきて」
「はいはい、今行きますよぉ
先輩、萌もうちょっと待っててね。」

程なくしてさやか先輩と美絵ちゃんはそれぞれお皿を手にして戻ってきた。
「蒼司君、おまたせ。まずは食べちゃいましょう!」
「さやか、話があるって言ったのは・・・・・」
「折角のお料理なんだから冷めちゃう前に食べよ、萌ちゃん」
先輩が萌の言葉を遮って言う。この二人のやり取りにしては珍しいことだ。
「それもそうですね。いただきます」
・・・・・・まったく、険悪な会話を少しは遠慮して欲しいものだ。
声に出さずに呟く
ちなみに、萌は僕の隣に座っている。さやか先輩も僕の隣に座っている。みっちゃんは僕の向い側に座っている。
・・・・・・なんでこの広いテーブルの隅っこでこんな狭い座り方するんでしょう?
問うても虚しいのだろうから口にはしない。けどなんともいえないプレッシャーを両隣から感じるのは気のせいじゃないだろう。
妙な重圧の中での夕食は続いた。

料理は確かに美味しかったんだけど、ちっとも味わうことも出来ずに食べ終わってしまった。
「みっちゃん、お茶!」
先輩は当然のように言う。
「何で私なのよ、もう!」
そう応える美絵ちゃんはキッチンへ。
美絵ちゃんがここに出入りするようになって、先輩となかなかいいコンビらしいと気付くのにそう時間はかからなかったけどね。
「はい蒼司先輩、お茶どうぞ
後の皆さんはご自由に」
そう言って僕にはお茶を注いでくれたんだけど、あとは自分の分を確保して、ポットと湯飲みをテーブルの真ん中に置き、座ってしまった。こういうのはいかにも美絵ちゃんらしい。
「いただきまーす」
だけど、そう言って何気なく自分と萌の分を注ぐ先輩も慣れたものだ。
「ありがとう、さやか」
一方の萌はこういうのに慣れてない。あんまり他人と食事するってことがないからね。家族団らんって言う経験に乏しいってのもあるんだろうけど。
「そんなわけで、お腹も落ち着いたことだし。本題に入りましょうか」
ポットをテーブルの端にどかしながら先輩は話し始めた。
「とりあえずね、お父さんが死んで、私天涯孤独の身になっちゃたとばかり思ってたんだけど、そうじゃないって事がわかったの」
「つまり親戚がいたってことですね、先輩」
「また急な話ですね。それと兄様がどんな関係があるんですの」
萌は電話口で先輩が言った僕に関する重大事っていうのが早く聞きたくてしょうがないようだ。
「まぁまぁ急がないで、順序だてて話すから
きっかけは1通の葉書だったんだけどね、お母さんの妹の娘、つまり私の従妹さんが結婚するんだって。
その結婚式の招待状がお父さん宛に届いたの」
「そうか、お母さん亡くなってから疎遠になってたって訳ですね」
「そうなの!お父さんは用意周到にしていったつもりらしんだけど、親戚が何処にいるとかってことは全然残しておいてくれなかったの。意外に抜けてるよねぇ」
「今頃になって気付くって言うのもあなたらしいですけどね、
ところでその式っていうのはいつなんですの?」
「式は5月の初めなんだけどね、
親戚がいるってことがわかったから色々と家の中にあるものを調べたのよ
そうしたらね、実はこの家お母さんの実家からお父さんが借りてるものだったってわかったの。
だからお父さんが死んじゃったっていう報告と、ご挨拶に行こうなぁって思ってね」
「じゃぁ休み中に出かけるの、さやか?」
「そうなるのよねぇ〜
そこでお願いがあるからみんなに集まってもらったの」
それと僕とが関係あるということは・・・・・・大体先輩が何を頼もうとしてるのか分かってきたような気がする。
「で、お願いってなんです先輩」
「とりあえずみっちゃんにお留守番係を命じます」
「なによぉそれ〜」
「鍵預けておくから自由に使っていいよ。ただし綺麗にしておいてね」
「そんなに長く離れるのですか?」
確かにそうだ。家って長い間使わないと、埃が溜まって帰ってきたとき大変なことになるんだけど、挨拶しに行くだけなのにそんなに長い間離れるっていうのはおかしい気がする。
「うーん。そのつもりはないんだけどねぇ。どうなるか私にも良くわからなくて。
一応の対策は取っておかないとね」
「そういうことならいいわよ。ここなら弟たちも来ないだろうし。いい休憩場所になるから」
そういう使い方もありか、美絵ちゃんにとっては丁度いい息抜きの場ってわけだ。
「それじゃぁ後で鍵渡すね」
ひとまず一人目は丸く収まった。ただし疑問は残った。しかし最大の問題は次なのだろう。
「さやか、私にはなんかあるんですか?」
萌が訊ねる。
「あははは・・・・・それなんだけど・・・・・・」
言い辛そうだな先輩。そりゃそうだろう。言ったらきっと萌がどうにかなるに違いないからな。
「お願い!!蒼司君しばらく貸して!!」
「なんですって!!もう一度言って御覧なさい!」
思い切って先輩は言ったみたいだけど、どう言ったところで結果は目に見えていた。
「お願い!怒らないで聞いて
だからね、女1人で旅行するにはちょっと遠いし、向こうで滞在するのが何日くらいになるか分からないし、不安なのよぉ〜」
「なんで兄様なんです!」
相手が先輩だってことも忘れ、怒り出してるみたいだ。こうなると萌は手がつけられない。
「あ〜ん、私には蒼司君しかいないのぉ〜」
・・・・・・それじゃ火に油を注ぐだけですよ、先輩。
「そんなの理由ありますか!絶対に認めませんからね」
「ま、まぁ萌落ち着いて」
見かねた美絵ちゃんが萌を宥めようとする。
「美絵は引っ込んでて!」
「うわっ、は、はい!」
萌の気迫に押され失敗。そろそろ出て行ったほうがよさそうだ。
「萌、僕からもお願いさせてもらっていいかな
先輩一人でどっかに行かせるのは確かに心配だ」
これは本音だ。あの人を1人で見知らぬ土地に行かせるなって正気の沙汰じゃない。目的地に行けるかどうかも、帰ってこれるかどうかも怪しい。
「うぅ、なんだかなんとなく失礼なことを言ってるような気がするんだけど・・・・・・」
「一人旅をご所望ならそれでいいですけどね」
「待って!お願いだから一緒に行って! 萌ちゃんもお願いだからね。ね」
萌は考え込んでいるようだ。しかしすぐに顔を上げた。
「まぁ、兄様がどうしてもというのなら仕方がありませんね」
「本当! ありがとう萌ちゃん。大好き!」
先輩はよっぽど嬉しかったのか、萌に飛びつく。
「ちょ、ちょっとさやか、くっつかないで下さい」
「萌ちゃんだぁ〜い好き!」
「早く離れなさい!」
「そんなわけで蒼司君明日には出発するからよろしくね」
萌に抱きついたまま先輩はそういった。
この人の唐突振りには慣れたつもりだったけど、どうやらまだまだだったらしい。
まさか明日出発とは・・・・・・
「分かりましたよ、先輩。とりあえず今日は帰って支度しますね。
そんなわけだから、萌、帰るぞ」
「蒼司先輩、頑張って下さいね。萌のことどうにかできるの結局先輩だけですから」
「ああ、出発前に死なないように頑張るよ」
そうだ、これから帰って萌をもう一度宥めないとな。

しかし、先輩と旅行か。一体どうなることやら・・・・・・


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